豊かな自然に恵まれた榛名山麓のふもとに神道霊園が完成しました。


= 宿稲荷神社 =
霊園にはモデル御墓所を設置しています。
墓石・外柵の形、石の材質、色等は
自由に変えられます。
金額は別途お見積致しますので、ご了承下さい。

全区画南向き、陽当たり良好♪
夜になると高崎・前橋市街の夜景がとても綺麗です。
墓地面積/1.8m×2.0m
設備/事務所、トイレ、駐車場完備
墓地外周基礎コンクリート工事完了済
通路アスファルト工事完了済
事業主/宗教法人 宿稲荷神社
所在地/群馬県北群馬郡榛東村広馬場4195-6
主旨/神道専用霊園
地図はこちら⇒霊園地図

墓地区画数/85区画(第1期)
永代使用料/35万円
年間管理料/3千円

祭事奉仕料
通夜祭/5万円(宮司一人の場合)
葬場告別式/10万円(宮司一人の場合)
50日祭・1年祭/各5万円(宮司一人の場合)
墓石竣工祖霊祭/7万円
卒塔婆/5千円(1本)

○申込方法
申込書、戸籍謄本1通・住民票1通(3ヶ月以内に発行されたもの)に、
使用料、管理費を添えて提出して下さい。
※申込書は石商中里にございます。
※永代使用許可証は神社が発行致します。

●そもしも神葬祭はいつから始まったのか?

神道の形式によって行われる葬儀を「神葬祭」といいます。 今日、葬儀というと一般的には仏教の専門と思われ、 事実、仏教形式の葬儀が大半を占めています。
神葬祭は仏教伝来からあったことが、『古事記』『日本書紀』 といった古典にも記されていて、神葬祭は日本固有の葬法 だったことを物語っています。
仏教伝来以降は、急速に仏教の形式による葬儀が普及していき、 さらに江戸時代になると寺請制度(キリスト教の信仰を防ぐため、 人々は誰でも必ず寺に所属しなければならないという制度)が 実施されたことから、その傾向はますます強くなりました。
そのような時世の中、国学の興隆によって国学者らによる神葬祭の 研究も行われるようになり、神職とその嫡子に限って神葬祭が 許可されるようにもなったのです。
(葬儀は「穢(けがれ)」であるとして認められていなかった)
明治時代になると、一般人に至るまで神葬祭が許可されるようになり、 全国へ広まっていきました。

●神葬祭の時の拝礼方法

神葬祭では、神主から玉串を受けたら、御霊前の台の前まで進み、 軽くお辞儀をして玉串を台の上に置きます。
この時玉串は根本が御霊前の方を向くように置きます。
次に、二礼二拍手一礼ですが、この時の拍手は、「忍び手」といい、 音を出さないようにします。
次に軽くお辞儀をして元に位置に戻ります。

●神社神道の死生観について

神道は祖先を崇敬する信仰が基になっています。
氏族の始祖を氏神(うじがみ)として崇敬し、 祖先を自分たちの守り神として崇敬します。
このように人は死後、家族や親族を見守る霊となって 祖先神の仲間入りをすると考えられます。
この、人と神の連続性は、神道の大きな特徴と言えます。
日本人の生命は、祖先から自分へ、自分から子孫へと 永遠に「血」と「心」の連続を形成するのです。
いいかえれば、これは霊魂の不滅、霊魂の引き継ぎともいえるでしょう。
そして、私ども日本人の「霊」は、仏教でいうような十万億土にいくのではなく、 わが家、わが郷土、わが国に留まって、祖神と共に子孫の繁栄を見守り、 子孫からのお祭りを受けるのです。

●稲荷神社は誰をお祀りしているの?

稲荷神社の御祭神は、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)(倉稲魂神)で、 五穀を始めとして全ての食物をつかさどり、稲の成育を守護する神さまです。
稲荷とは、もともと「稲成(いねなり)」、つまり稲が成育することを意味 しているといわれています。 中世から近世へと、商工業が発達するに従って、 従来のように農業だけではなく、衣食住と諸産業の神さまとして崇敬される ようになりました。
全国各地には、多くの稲荷神社がありますが、そのほとんどは京都の伏見にある 伏見稲荷大社から分かれたものです。


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